03.09
どうも三浦です。
今日…、
一人知り合いが亡くなりました。
下北沢界隈で遊んでいる飲み仲間の『はかせ』とみんなから呼ばれている豪快なHAPPYなおっさんです。
末期がんで余命が決まっていまして、それが本日という事です。
自分はその人に気に入られていまして色々面白おかしく話させて貰い、時には勉強させて貰う事もありました。
実は、最低だと思われる事してしまいまして…
未だそれが悔いに残るのか?ある意味正解だったのか?
不明で自分にかなり問いかけています。
はかせは、本当に謎な人で自分の事詮索されると、軽くかわされたり名前も教えてくれませんでした。
ホンマに「このおっさん何をしとるおっさんなんじゃろ?」
ってな人です。
それがどうやら、はかせ流カッコ良さらしくこだわりだったと思います。
(こういうなんか変な人、下北沢界隈ならではと言いますか多いんです)
まあそういう謎めいた人って、あえてそうする人って珍しくないから、めんど臭いけどそれ以降詮索しないまま付き合ってきました。
それが3ヶ月前に、はかせが末期がんで入院していると人ツテで聞き、余命もそんな長くないとも聞きました。
一応、その時に入院先と名前聞きました。
ああ…○○さんって言うんだ…。
初めて名前知りました。
結局自分はお見舞いに行きませんでした…。
今の自分の状態もかなり悪く、その現実受け入れられるとは到底思なく、会って話するのはキャパオーバーで、はかせを悪い気にさせるんではなかろうか?それでも行ってはかせに会うべきだったのか?
いやここまで拒みたいのは、はかせはしきりに俺の前だけではカッコつけてて、それを貫いててみんなの中のはかせのイメージでカッコ良く死にたいとも思ってんじゃないか?って想いが俺の中で相当強かったせいもある。
色々自分の中で色々な事が交錯してる。
結論、今は何が正解って訳じゃなくどれが正しかったんじゃろ?と永遠と考え続けることが大切なのかもしれない。
自分も更に年を重ねて行き、いずれその答えが出て来て解るかもしれない。
自分は、とても小さい人間です。
それが悔しいし不甲斐ない。ホンマに…。
人と言うのは、考え深い色々なものがある。
普段の何気ない付き合い。
明日には、みんながとんでもない事になってたり、自分がそうなっているかも知れない。
はかせの人生は、俺にとって影響はされている。俺も少なからず人に影響を与えて死にたい…。
はかせみたく、そんな人生を歩めるよう。
ガンバります。
今日は、3・9(サンキュウ)の日。
この日になんて、はかせらしい。
俺の中で『はかせ』の笑顔在ります。
ご冥福をお祈り致します。